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チェロ協奏曲第1番 (プロコフィエフ) : ミニ英和和英辞書
チェロ協奏曲第1番 (プロコフィエフ)[ちぇろきょうそうきょくだい1ばん]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [きょう]
  1. (n-suf,n-pref) cooperation 
協奏曲 : [きょうそうきょく]
 【名詞】 1. concerto 
奏曲 : [そうきょく]
 (n) (abbr) sonata
: [きょく, くせ]
 【名詞】 1. a habit (often a bad habit, i.e. vice) 2. peculiarity
: [だい]
 (n,pref) ordinal
: [ばん]
 【名詞】 1. (1) watch 2. guard 3. lookout 4. (2) bout, match (sumo) 5. (3) (one's) turn

チェロ協奏曲第1番 (プロコフィエフ) : ウィキペディア日本語版
チェロ協奏曲第1番 (プロコフィエフ)[ちぇろきょうそうきょくだい1ばん]

チェロ協奏曲第1番 ホ短調 作品58は、セルゲイ・プロコフィエフ亡命時代末期の1932年に作曲に着手し、ソ連復帰後の1938年に完成したチェロ協奏曲。野心作ではあるが、構成の破格さ、演奏の至難さなどから、演奏されることは少ない。
==概要==
プロコフィエフがパリに滞在していた頃の1932年に着想され、ソ連に帰国した後の1933年にスケッチを終えているが、バレエ音楽『ロメオとジュリエット』や『ピーターと狼』の作曲のため一旦中断され、5年後の1938年に完成された。
初演は1938年11月26日モスクワで、レフ・ベレゾフスキーチェロアレクサンドル・メリク=パシャーエフの指揮、ソビエト国立交響楽団によって行われた。しかし初演は不評を買って失敗に終わったため、第二次世界大戦後まではソ連本国でも演奏されなかった。初演時のリハーサルを陰ながら見守っていたスビャトスラフ・リヒテルは自伝の中で「完全な失敗だった」と述べており、初演の失敗によってプロコフィエフは自信を喪失し、作品リストから消し去りたいほど落ち込んでいたと言われる。原因として、チェロのパートにほとんど全曲を通じて高音部記号が用いられており、高音域の重音を多用していて技巧的に至難であったことが挙げられる。
1947年12月21日モスクワ音楽院ムスティスラフ・ロストロポーヴィチが再演し、以後はヤーノシュ・シュタルケルらのチェリストによって次第に取り上げられ、演奏される機会も増している。
後にプロコフィエフは、ロストロポーヴィチの提言と協力を得て大幅な改作を行い、『チェロと管弦楽のための交響的協奏曲』作品125とした。
アメリカでの初演は1940年ピアティゴルスキーのチェロで行われた。同国のプージー&ホークス社から1951年に出版もされた。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「チェロ協奏曲第1番 (プロコフィエフ)」の詳細全文を読む




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